リンクさせて頂いてる「浮舟」様から素敵すぎて強奪させて頂きました!!
遥か1の「頼久×あかね」ですvv
かっこいい頼久さんを見たい方は是非!!













貴族たちは、誰もが京に残ってくれた神子を妻にと望んでいた。
神子の婿の座を巡る、男たちの争い。


「神託」 (前編)


下賀茂神社は、たくさんの人でにぎわっていた。
見物人はもちろん、それに参加する数多の男たち。

その数ざっと数十人。
それぞれに愛馬を連れて、その賑やかさたるや祭りのようである。

その中に、ひときわ背の高い男が一人。
髪の毛を頭の後ろで高く結い上げた端正な横顔。
口を真一文字に結び、並々ならぬ真剣さが窺える。

そしてその男を社殿の御簾の内からじっと見守る女が一人。
内心の不安を押し隠すようにきゅっと手を組み、祈るようにその男を見つめていた。





京の都でまことしやかに囁かれている噂。
それは。

京に天界からご降臨くださった龍神の神子。
その姿はまことに美しく、光り輝くばかり。
心根は優しく、慈悲に満ち溢れ、下々のものまで分け隔てなく接してくださるとか。
その龍神の神子のおかげで、危機に瀕していた京の都は救われたのだ。

貴族の間ではもちろんのこと、その噂は庶民の間にまで伝わっており、誰もがその姿を一目見たいと願って止まなかった。
そして、その貴族の間では今日も神子のことが話題となっている。

「おい、聞いたか? 龍神の神子様は天界へ帰らず、この京に留まってくださるそうだ。」
「ああ、聞いたとも。一目そのお姿を拝見したいものだ。」
「しかし、今はどちらへおられるのやら。噂に聞けば、たいへんな美女らしいではないか。」
「左大臣家におられると聞いたが。」
「何? 土御門に? もしかしたら左大臣様の御養女に、とか?」
「ありうるな。」
「左大臣様の御養女で、龍神の神子、か。見逃す手はないな。」

貴族の誰もが出世のために結婚する時代。
帝の信任も篤い龍神の神子と結婚すれば家の繁栄は約束されたも同然とあれば、誰もが龍神の神子に対して恋文を送るのは当然のことで。
今日も左大臣家には大量の文が届けられるのだった。





そんなある日の内裏。
朝の会議も終わりかけた頃、右大臣が口を開いた。

「そう言えば左大臣殿。龍神の神子様は息災でいらっしゃいますかな?」
「はあ。」

右大臣と左大臣は政敵であるが故かあまり仲が良くない。
このように表面上はにこやかに会話をしていても、実際は腹の探り合いである。

「ちょっと耳にしたところによりますと、神子殿はこの京に留まってくださるとか?」
「・・・よくご存知で。」
「聞けば、神子殿はいい年頃の娘だというではありませんか。これから神子殿をどのように扱いなさるおつもりで? ご自分の養女になさるのですかな?」

右大臣は何かを含んだような言い方をする。

「さあ、それはまだなんとも。」

左大臣もそらとぼける。
まだあかねに関しては問題も山積みなので、あまり迂闊なことは言えない。

「うちの息子も、神子殿のことを非常に気にしておりましてねえ。親の私から見ても、神子殿には十分釣り合うのでは、と思っておるのですよ。」

右大臣が扇を口に当て、探るように言う。
左大臣は、ちょっと眉をひそめた。
これは、暗にうちの息子を婿にどうか、と言っているらしい。
貴族の誰もが神子を欲しいと思っているのはわかるが、左大臣は神子がそんなことを望んではいないのを知っている。

「そうおっしゃっていただけるのは嬉しいですが、まだこの京に馴染んでおられない身ゆえ、そのようなことは・・・。」
「ほほう、左大臣殿。もったいぶられるおつもりか?」
「そのようなわけでは。」
「よもやご自分に有利な縁組をなさるおつもりではないでしょうな?」

そう言う右大臣に内心辟易しながら、左大臣は答えた。

「それは勘ぐりすぎです、右大臣殿。」
「神子殿はこの京全体の守り神である龍神の愛し子でいらっしゃる。我々にも神子と縁を持つ権利はあるはず。そう思いませぬか。」

右大臣は周りを見回し、同意を求める。
周りの貴族たちも、そうだそうだといわんばかりに大きく頷いている。

左大臣はまずいことになったと思った。
神子のことはこれからゆっくりと決めようと思っていたのに、そういうわけにはいかなくなってきたらしい。
そのうち、その場にいた大納言や中納言まで口を出し始めた。

「神子殿の婿がねをお探しなのでしたら、うちの息子はいかがですかな。」
「中納言殿のところは少々年がいっておられるではないか。それよりも、うちには神子殿にふさわしいいい年回りの息子がおります。」
「いやいや、年齢などは少々離れている方がよろしいでしょう。京に慣れておられない神子殿ならなおさらのこと。」
「そなたの息子にはもう正妻がおられるではないか。」
「妻が一人とは限りますまい?」

喧々囂々。
収拾が付かなくなりそうな事態に、帝も顔をしかめる。
皆、一族の繁栄を願って、なんとか神子と縁を結ぼうと考えているのだ。
あまりのことに、帝も口を開いた。

「それぞれがここで言い合っていても仕方あるまい。」

帝の一声で、その場が静まった。
帝は、その場にいた一番の年寄りに聞いてみた。
経験豊富なその年寄りは、帝も何かと頼りにしている。

「どうしたら良いものか。」
「そうでございますね。このままでは皆の争いの種にもなりかねませぬ。ここは公平に決めねばならぬと存じます。」
「公平に、とは申しても、どのような方法なら良いであろうな。」

その年寄りは少し考え、口を開いた。

「神にお伺いを立ててみてはいかがでしょうか?」
「神に?」
「流鏑馬はいかがでしょう。」

流鏑馬は国家の安泰、五穀豊穣を祈願して行われるものであるが、占いの意味も持っている。

「流鏑馬神事を行い、それの勝者を神子殿の婿、ということにしてはいかがでしょうか? 神事であるなら、神がお認めにならないものが矢を射ても、的には当たらぬはず。」
「なるほどな。」

帝も頷いた。

「皆はどう思うか?」
「当方に依存はございません。」

右大臣が即答した。
右大臣は内心嬉々としていた。
右大臣の息子は馬と弓の名手である。
貴族の若者の間ではその腕は抜きん出ており、右に出るものはいないと言われている。

「神子殿の婿ともなれば、それくらいのことができなければ話にはならんでしょうしな。」

右大臣は賛成したものの、左大臣は反論を試みた。

「主上。それでは神子殿の気持ちというものが・・・。」
「気持ち? 神にお伺いをたてるのですぞ? 神の子である神子に何の不満があろうか。」

右大臣が横から口を出す。
右大臣の頭の中には、神子が一人の少女であり自分の意思を持っている、という考えはないらしい。
何を言っても無駄。
左大臣はため息をついた。

「他の方々はどう思いなさるか?」

右大臣にじろりと睨まれれば、他のものも賛成せざるを得なかった。
皆が賛成してしまえば、左大臣もそれ以上反論などできない。

「左大臣。神子から何か聞いているのか?」

帝からそう聞かれたが、この貴族だけの会議で言うのははばかられた。

「いえ。しかし、神子殿の話も聞かずこの場だけで決めるのはいかがかと存じます。」

それだけ答えた。

「そうか、わかった。皆が賛成であるならそれを前提として神子と話をしてみよう。左大臣、明日にでも神子を内裏へとお連れしてくれるか?」
「は。」

帝がそう締めくくり、朝の会議が終わった。





会議から三々五々と人がいなくなるのを待ち、左大臣は帝の元へ行くと内密で、と話をする。

「ほう。それは・・・。」

左大臣の話に、帝は難しい顔をした。

「そういうことであったか。しかし神子の意思は尊重してやりたいが、それでは貴族たちが納得するまい。」
「はい。主上、そこで一つお願いしたいことが・・・。」

左大臣がひそひそと帝に耳うちする。

「お願いできますでしょうか?」
「それはかまわぬが・・・、それで大丈夫なのか?」
「はい。きっと。」
「確かに先ほどの話ではそこまでは決めていなかったが・・・。」
「他に方法はないかと存じます。」
「確かにそれだったら誰も結果に文句のつけようはあるまい。後は神子が承諾してくれるかだな。神子に話を聞いてみて、それでよければそのように取り計ろう。」
「恐れ入ります。」
「ああ、左大臣。」
「なにか。」
「神子はそのまま後宮で預かろう。先走ったものが土御門に忍び込むようなことがあってはならぬからな。ここなら安全だ。」
「わかりました。ご配慮痛み入ります。」

左大臣は深々と一礼すると、帝の前を辞した。





その夜。
あかねは部屋の前で警護している頼久と話をしていた。
簀子縁に座り、欄干越しに庭にいる頼久と話す。
ちょうど目の高さが同じくらいになるので、あかねはそうやって話すのが好きだった。

「それでは明日、内裏に上がられるのですか?」
「そうらしいです。主上が何か話があるんですって。もういいのにね。」
「帝もきっと神子殿に感謝しておられるのでしょう。」

頼久は優しく微笑む。

「でも、行くのはいろいろとたいへんみたい。正装もしなきゃならないし、牛車に乗らないといけないし。」
「神子殿はおいやなのですか?」
「だって、そんなの疲れるじゃない。・・・内裏には頼久さんもいないし。」

最後は小さな声だったが頼久にはちゃんと聞こえ、そんな可愛いあかねに胸が温かくなる。

「・・・すぐ帰ってこられるのでしょう?」

頼久がちょっと心配げにあかねに聞く。

「帰ってきますよ。私だって頼久さんと離れてるの嫌だもの。」
「神子殿。」

恥ずかしそうにあかねが笑った。
頼久はあかねへと手を伸ばし、その暖かな手に触れる。

「この前、棟梁に神子殿とのことを話しました。」
「え? 本当ですか?」
「はい。左大臣様に話をしてみるから、と言ってくれました。」
「そうですか。」

あかねが嬉しそうに微笑む。

「左大臣様のお許しがいただけたら、小さな屋敷でも構えるつもりです。そうしたら祝言を挙げて、一緒に暮らしましょう。」
「頼久さん。」

あかねが頼久の手を握り返し、そっと自分の頬に当てた。

「・・・嬉しい、です。」
「神子殿。」

お互いの温もりを手で感じながら、早くその日か来ないかと願う二人だった。





翌朝、頼久は内裏の入り口まであかねの乗った牛車を警護していった。
牛車に乗る時に目にしたあかねの姿は、まさに天女と見紛うばかりの美しさで、頼久は声をかけることもできずただ見とれるばかりであった。

内裏の門へと入っていく牛車を見送りながら、頼久はなぜか一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
あかねがこのまま帰ってこないような・・・。

(何を埒もないことを・・・。)

頼久は頭を振ってその不安を打ち消そうとした。
まさかあかねに関する重要な出来事が起こるとは、今の頼久にわかるはずもなかった。



<中編>