リンクさせて頂いてる「浮舟」様からフリー期間ということで頂いて参りましたv
遥か1の「友雅×あかね」ですvv
ちょっと切ない友×あかをご堪能あれvv














「ただひとりの」 (前編)


京に天の恵みの雨が降るようになり、人々の間にも活気が戻りつつあるこの頃。
あかねは今、左大臣家で日々を過ごしている。

それというのも、京の貴族の一人、橘友雅に乞われて、京に残ることにしたからだ。
龍神の神子であるあかねを、時には優しく時には厳しく導いてくれたのが、この八葉の中でも一番の年長者である友雅だった。
その分年齢の差はあったが、あかねも友雅に惹かれていたし、自分の元に残ってくれという言葉が素直に嬉しかった。

左大臣家の養女という形を取り、友雅と結婚した。
友雅が仕事でいない時、こうして手習いなどして、貴族の奥方としての教養を身に付けようと、あかねはがんばっているのである。





友雅とあかねが結婚してひと月ほど経った頃。
友雅は帝に呼ばれ、参内していた。
何か、帝は友雅に個人的に相談したいことがあるらしい。
友雅は、身分はそれほど高くないものの、その身分ゆえに客観的なものの見方ができる分、帝は友雅を何かと頼りにしていた。
今回も、そのような相談ごとかと思っていたのだが。

帝は友雅が来ると、人払いをした。
何かよほど内密な話か、と思ったが、帝は個人的な用でな、と切り出した。

「友雅、龍神の神子は息災か?」
「は、おかげさまで。この京に馴染もうと、日々努力しているようです。」
「そうか。」

帝は、そう言って一呼吸おいた。
あかねの近況が聞きたかったのだろうか、と思ったが、次に帝の口から出てきたのは全く違うことだった。

「ところで、友雅。五の宮を憶えているか。」
「五の宮様、ですか? 主上の妹宮であらせられる。」
「そうだ。」

五の宮、といえば、主上の妹宮だ。
年の頃は、ちょうどあかねと同じくらい。
母親の身分はさほど高くない、と聞いている。
内親王ではあるが、友雅は何度か御簾越しに会ったこともある。

「はい、憶えておりますが。」

帝は、パチンと扇を閉じ、友雅を見やる。

「その五の宮の降嫁を、そろそろ考えている。」
「さようでございますか。」

なぜそんな話を自分にするのか、友雅は疑問に思う。
それに降嫁、というと、身分の低いものに嫁にやる、ということか。

「五の宮は結婚するには少々遅いと思わぬか。」
「は。」

確かに五の宮の年齢ならば、とうに結婚していてもおかしくは無い。

「それも、五の宮がこれまで嫁に行くのはいやだ、と言って聞かなかったのだよ。私は五の宮がかわいい。それでその我儘もこれまで許してきた。」

帝は、友雅と視線を合わせた。

「なぜ嫁に行かぬと駄々をこねていたかわかるか?」
「? いえ。」

なぜ、そんな風に自分に謎かけのように言うのか、全くわからない。

「五の宮は、友雅のところでないと嫁には行かぬ、と言うのだよ。」
「は?」

友雅は驚いた。

「あれは以前友雅と会ったときから、ずっとそなたを想っていたらしいのだ。しかし、そなたが結婚しない主義だと聞き、泣く泣くあきらめていたらしい。しかし、友雅。そなたは神子と結婚した。」

なにか話がまずい方向に向かっているのを感じる。

「それなら、自分もそなたと結婚したい、と言い出したのだよ。」
「!」

帝は臣下に対する態度とも思えないほど、丁寧な口調で言う。

「私も五の宮に泣いて頼まれると、いやとは言えない。友雅。どうか五の宮と結婚してやってくれないか。そなたの身分であれば、奥方が一人、というわけでもあるまい。年も神子と同じくらいだ。年が離れすぎている、ということもないだろう?」
「しかし。」
「そなたが神子を大切に思う気持ちもわからぬでもない。別に神子と別れろ、と言っているのではないのだ。もう一人くらい、妻を持っても良いのではないか?」

友雅はあかねが好きで、あかねも自分に心を返してくれた。
その気持ちが自然で、それまでの独身主義を翻し、結婚したのだ。

友雅が他の女性と結婚することもあるとか、そんな話を特に今まであかねとしたことは無かった。
複数の女性と結婚するのは、貴族社会ではごく当たり前のことなのだ。
あかね一人を奥方にする、ということを約束したわけではないが、しかし。
友雅の中にためらう気持ちがあるのは確かなのだが。

「どうか、妹を思うこの兄に免じて、五の宮の願いを聞き届けてやってはくれないか。」

帝は再度友雅に願う。
友雅はあかね以外の女性に興味は無いが、こうして帝直々に頼まれれば断るわけにもいかない。
やっかいなこととは思うが、独身主義の言い訳も通らない。
仕方の無いことなのかもしれない。

友雅はしぶしぶながら承知するしかなかった。

ただ、帝の妹宮ともなれば、正妻として遇するしかないだろう。
左大臣の養女とはいえ、あかねは左大臣と血のつながりは無い。
正妻は先着順ではない。
あくまで身分の高さで決まるのだ。

(あかねに何と言おうか。)

友雅は帝のところを辞しながら、思案にくれていた。





(はあ、最近友雅さん、来てくれないなあ。)

左大臣家にある自室で、あかねは溜め息をついていた。
ここの通い婚、というのはどうしても慣れない。
友雅と会いたい、と思っても、こうして来てくれるのを待つしかないのだ。
それがあかねにはなかなか切なかった。

それも、この頃友雅の宿直や物忌みが続いているらしく、数日友雅に会えていないのだ。

(会いたいなあ。)

あかねはまた溜め息をついた。

「神子様、どうかされました?」

女房が声をかける。

「あ、いえ。この頃友雅さんと会ってないなあ、と思って。」

そう言うあかねに、女房はつい口が滑ってしまった。

「少将様も北の方様をお迎えになる準備で忙しいのでございましょうか?」
「北の方様?」

あかねが聞き返したことで、女房ははっと口を押さえる。

北の方。
確か正式な奥さん、って意味じゃなかっただろうか。
私のこと?
それにしても、迎える準備ってなんだろう?

「なんのこと?」

あかねの問いに、女房はごまかしても無駄だと思ったのか、話し出した。

「はい。この度主上の妹宮様が、少将様に降嫁されることになったとか。それで、その準備がいろいろとお忙しいと聞いておりますわ。」
「・・・降嫁・・・?」

あかねは呆然とした。
この人は何を言ってるんだろう。
あかねは理解できなかった。
いや、理解するのを拒否した、というべきか。

「・・・それって、友雅さんが他に奥さんをもらうってことなの・・・?」

ええ、そうですわ、と女房は頷いた。

「少将様のご身分で、内親王様を娶られるなんて、破格のことですわ。少将様のご出世も約束されたようなものですわね。神子様もご立派な背の君をお持ちになられることになりますわよ。」

女房は羨ましそうに言う。

「それって・・・、本当なの・・・?」
「ええ。内裏勤めの女房から聞きましたから、確かですわ。」

あかねはかたかたと身体が震えてくるのがわかった。

「神子様?」
「・・・ごめんなさい・・・、ちょっと一人にしてください・・・。」

あかねは女房を下がらせ、一人で部屋にこもった。





あかねの頭の中を、女房の言葉がぐるぐると回る。

(友雅さんが他の女性と結婚する・・・?)

確かにこの京の一夫多妻制度は知っている。
しかし、まさか友雅が他に奥さんをもらう、とは思ってもみなかった。

友雅は自分をただ一つの情熱だ、と言ってくれたし、その気持ちは全く疑わなかった。
この京に残ってくれと言われ、とても嬉しかった。
自分は友雅を愛し、友雅も自分だけを愛してくれている、と信じて疑わなかった。

まさか、こんなことになるなんて。

でも、まだ友雅から直接その話を聞いたわけではない。
なにかの間違いであって欲しい、とあかねは願うしかなかった。

その日の夜、あかねは友雅のことを考え、女房の言葉を繰り返し思い出し、一晩中眠れなかった。





夕刻になり、久方ぶりに友雅がやってきた。
あかねは嬉しいのか悲しいのか、複雑な気分で友雅を迎え入れる。

「まさか、数日会わなかったから、私のことを忘れてしまったのではあるまいね?」

そう言って部屋に入ってきた友雅は、これまでと何も変わらない。

「こんなにも恋しい貴女に、数日会わなくても生きていられた自分が信じられないよ。」

甘い言葉も相変わらずだ。
そんな言葉を聞くと、あかねはいつも恥ずかしくて嬉しくて、照れたような笑顔を見せるのだが、その日のあかねは少し違った。

なんだか泣き出しそうな顔をしているのだ。
あかねがそんな顔をする理由を、友雅は知っている。
きっと聞いてしまったのだ。
どう説得しようか、と思案する。

「お聞きになったのだね。」
「友雅さん、他の女性と結婚するって本当なんですか?」

友雅は多少後ろめたくもある。
あかねから目を逸らす。

「主上からぜひに、と頼まれてね。断れなかったのだよ。」

やっぱり本当のことだったのか。
あかねは目を瞑って、深く息をした。

「ああ、でもこれだけは信じておくれ。愛情があって結婚するわけではないのだよ。どこかで私を見初めたらしくてね。主上にどうしても、と頼んだらしい。宮仕えがつらい、と思うのはこんな時だよ。意に添わない方とも結婚しなくてはならないとは、ね。私が愛しているのはあかねだけだよ。」

友雅はあかねがどんな反応をするのか心配だった。
泣き喚いて、責められるか、とも思っていた。

しかし、あかねの反応は思ったよりも静かなものだった。

「そう・・・ですか・・・。」

友雅は拍子抜けした。

「おや、こんなに反応が薄いと、かえって心配になるね。」
「・・・仕方の無いことなんでしょう・・・?」

友雅はあかねを引き寄せ、甘く口付ける。

「ああ。あちらは主上の妹宮であらせられる。そうそうおろそかにもできないだろうが、私が愛しているのはあかねだけなのだから、それを信じて堂々としておいで。」

友雅の愛撫を受けながら、あかねの頭の中は何かが麻痺していた。
友雅の声が、遠くに聞こえる。

あかねは泣き喚くこともできず、ただただ友雅の手に身を委ねていた。





翌日。
友雅が出仕した後、天真がやってきた。

「よお、あかね。」
「天真くん。」

いつものように遠慮なくあかねの前に座る。

「実はさ、蘭もようやく落ち着いてきたから、そろそろ帰ろうか、と思ってな。」
「そうなんだ。」

天真は蘭を鬼から無事に取り返し、その蘭が落ち着くまではと、この京に残っていたのだ。
詩紋も付き合いよろしく、天真と蘭が帰る時まで、と残ってくれている。

「泰明に聞いたら、ちょうど七日後に道を開くことができるっていうからさ。その時に・・・。」

天真はぎょっとした。
あかねがぽろぽろと泣きだしたのだ。

「い、いや、おまえが寂しいって言うのなら、もうちょっといてやっても、もちろんいいんだぜ。」

焦ってあかねを慰めようとしていた天真だったが、あかねの口から出てきた言葉は天真が考えているものと違った。

「私も帰りたい・・・。」

天真は驚いた。
大いに不本意ではあったのだが、あかねは友雅と結婚して、幸せな日々を送っているはずだった。
そのあかねが帰りたいと言うなんて。

「なんだよ、友雅と喧嘩でもしたのか。」

あかねはふるふると首を振る。

「どうしたんだよ。」
「友雅さん、結婚するって・・・。」
「は?」
「帝の妹さんと結婚するんだって・・・。」
「なんだって!!」

天真は頭に血が上った。
あかねが幸せになると信じたからこそ、天真は泣く泣くあかねをあきらめたのだ。
それがたったひと月で他の女と結婚だと!?

「本当なのか!」

あかねは力なく頷く。

「友雅のやろう!」

部屋を飛び出していきそうな天真を、あかねは必死で止めた。

「待って、待って! 天真くん!」
「なんでだよ、あかねを泣かせるなんて許せねえ!」
「友雅さんのためには、この方がいいと思うの!」

天真はあかねの必死な様子に、とりあえず座りなおし、話を聞くことにした。

「どういうことだ。」
「・・・この話は、帝から直接言われたことで、仕方のないことなんだって・・・。」
「だとしても!」
「女房さんが言ってた。これで、友雅さんの将来も約束されたようなものだって。」

あかねが友雅を責めないわけが、ようやく見えてきた。
そうだ。
あかねはこんなやつだ。
相手の幸せを第一に考えるようなやつだ。
そのためには、決して我儘なんかは言わない。

そのあかねが帰りたいと言っていた。
ポツリ、と言ったことではあるが、だからこそ本心なのかもしれない。

「・・・帰るか?」
「え?」
「俺たちと一緒に帰るか?」
「天真くん・・・。」
「な、一緒に帰ろう?」

あかねはまたぽろぽろと泣き出した。

「・・・私がいない方がいいのかもしれない。立派な奥さんももらえるみたいだし、私がいても迷惑かけるだけかもしれない。それに・・・やっぱり私、他に奥さんだなんて、耐えられない。」
「それ、友雅に言ったのか?」

あかねは首を振る。

「ううん。そんなこと言えないよ。ここではそれが当たり前なんだもん。」

ここの結婚制度は天真やあかねには馴染めないものだった。
それでも結婚したのは、友雅の心一つを信じたから。
愛してくれていることは本当だろう。
しかし、他の女性の所に行く夫を平気で見送ることなんてできるはずがない。

「あかね、俺たちと一緒に帰ろう。向こうに帰ればつらいこともそのうち忘れられるさ。」

あかねは天真の言葉に同意した。

「うん・・・、帰るよ、私・・・。天真くんたちと一緒に帰る・・・。」
「そうか。じゃ、蘭や詩紋にも言っとくよ。あ、友雅には言うなよ。あいつ、どんな手を使って邪魔してくるかわかんねえからな。」

あかねはコクンと頷いた。

帰るまであと七日。
あかねはその七日間だけは、友雅と幸せに過ごそうと決めた。



<後編>